相 続 開 始 NO4 

                                  
                             


相続人の確定 

遺言書が無い場合の原則的指針

相続人の順位

優先順位

血族相続人(血の繋がりある)

配偶者相続人

第一順位

子および その代襲相続人(孫、ひ孫 ・ ・と続く)

 配偶者

第二順位

直系尊属(父母・祖父母等)

  〃

第三順位

兄弟姉妹および、その代襲相続人(甥、姪までで終わり)

  〃

相続人の範囲



A
B
直系尊属(父母・祖父母等)

兄  弟  姉  妹 被相続人(死亡者)
配 偶 者
(死亡していた場合)
代襲相続人(甥、姪まで)
@ (常に相続人)
非嫡出子
(婚外の子)

(養子、胎児を含む)
(死亡していた場合)
代襲相続人(孫、ひ孫 ・ ・と続く)

T 「相続を証する書面」(戸籍謄本・除籍謄本・原戸籍謄本等)により相続人を確定する。
@
戸籍謄本を取寄せる際に、「戸籍の附表」(住所の変遷が記載されている)を一緒に取寄せるようにすれば住所の確認も同時にできます。

A

所在不明の人がいる場合は、「不在者財産管理人選任の手続き」。

B

生死不明の場合には、「失踪宣告の手続」。
C
常識的にみて生存可能性ない人が戸籍謄本にある場合は、「調査報告書」「誓約書」
等を利用する。
U
特別受益者(生前贈与を受けた者等)、寄与者、内縁の妻、特別縁故者(遺言者と特別の縁故があった者(相続人が不存在の場合))等の存否確認する。

その他の手続

相続税等発生の可否を判断
 発生の可否判断は慎重に!
<準確定申告・納付をする>
相続開始があったことを知った日の翌日から4ヶ月内に、被相続人の死亡までの所得税を申告する。
<相続税の申告・納付をする>
相続開始があったことを知った日の翌日から10ヵ月以内に税務署に相続税の申告・納付する。 不発生の場合でも、税額算出にあたり配偶者の贈与税の特例、小規模宅地の評価減等の特例を採用した場合には提出する必要がある。
10ヶ月以内に遺産分割の話し合いが決まらない場合でも、税務書に相続税の申告・納付をしなければならない。その際、同時に「3年内分割見込みの書面」を提出する。

遺産分割協議書作成
(原則:遺言書不存在の場合)
<話し合いの場> 集会ほか、電話や封書でもよく、手段を選ばない。
<遺産分割協議書> 共同相続人全員で遺産分割の話し合いをし、その結果を書面にしたもの。
【効能】・・
不動産登記(場合により預貯金名義変更も)ほか、名義変更の参考書面となる。
【作成】・・ 書面に共同相続人が署名または記名・捺印(実印)し、印鑑証明書を付して一体となす。
<協議が調わない場合>―家庭裁判所内の「調停・審判手続き」によって解決を図る。
【手続き】・・相続人の1人(又は数人)から他の相続人の全員を相手方として、他の相続      人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てる。
【経 過】・・爾後、家庭裁判所からの照会・通知等により共同相続人が参集し、遺産分割    調停の話し合いとなる。この「家事調停」が不調となると「家事審判」の手続きに移行し、家庭裁判所側が一方的に分割案を作成し、提示する。これに不服があれば高等裁判所に対して不服申し立てができる。
登記と名義変更
不動産の相続登記

遺産分割協議書の内容どおり、又は遺言書存在の場合にはその内容どおりに、
不動産(土地、家屋)なら所有権移転登記、動産なら新所有者への名義変更をする。
なお、登記名義人の住所等について変更があった場合には、事前に「表示変更登記」が必要です。
 下記の貼付書面を収集または作成し、地方法務局(本支局・出張所)にて相続登記をする。
 念のため、不動産を管轄している法務局に、電話相談をしてください。その結果をもとに、法務局が
 近場なら相談しに出かけてください。

【所有権移転登記申請書】作成する
【相続証明書】各相続人の「戸籍謄本」(被相続人との関係がわかる)及び被相続人(父)の       生誕から死亡までの「除籍謄本」・「原戸籍謄本」←この収集が一番大変
【印鑑証明書】遺産分割協議書による登記の場合、原則:相続人全員
【住所証明書】被相続人の「除住民票」及び実際に遺産を取得する相続人の「住民票」又は「       戸籍の附表」
【固定資産税評価証明書】土地と家屋双方の証明書

【相続関係説明図】作成する。
【登記事項証明書】土地と家屋の双方。
【公図(地積図)】登記事項証明書の取寄せ時に安全を考えて「公図」(閲覧又はコピー )         も一緒に取っておくとよい。
【権 利 証】(登記済権利証書)

その他の遺産

 預貯金――――預貯金先で名義変更
貸金債権―――債務者に相続通知
売掛金債権――   〃
自動車――――陸運事務所で移転登記
裁判上の損害賠償請求権――裁判所に訴訟受継の申立て
特許権・実用新案権・意匠権・商標権――特許庁登録課で相続による移転登録申請 
  ――その他手続き――
○年金、一時金、補償金の請求――市区役所・町村役場、社会保険事務所、福祉事務所
○葬祭料の請求――市区役所、健康保険組合・社会保険事務所、労働基準監督署
○死亡保険金請求――生命保険会社
○自動車事故による――加害者が加入している保険会社

※至急を要する手続きほか、諸手続きが必要です。漏れがあっては大変です。ご相談ください。



トップページへ戻る



ーー☆ Sakisaka Motoshi Office ☆ーー
     行政書士 向坂元志事務所   
  TEL:FAX 042-621-6134  
 〒193-0823  東京都八王子市横川町918-13
----------------------------------------





     






    月刊「行政書士とうきょう」への過去掲載記事

                           平成10年頃からの記事は省いた。
                                     
       


(平成
153月号掲載)

 
 当会(東行会(登山クラブ))においては、毎年2月頃に各所の七福神巡りをしてお清めするのが定番。
 今回は、江戸川と中川に挟まれた葛飾区の柴又地域を中心にして寺院が散在する、「柴又七福神巡り」がターゲット。
 京成柴又駅頭の「寅さん像」前に22日(日)10時に男女23人が参集した。
 そこで手に入れた案内には、「七福神を参拝すれば“ご利益授かる”」とあるが・・・?

 本日の散策コースは、京成柴又駅―@良観寺―A真勝院―B題経寺―C万福寺―D宝生院―E医王寺―F観蔵寺。
 ・・で、これに「温泉プラス酒」が加わる。
 気温5度、曇天の中を“昔若者達”がざわめきながら歩き始める。
 「二人堕ろした」と記された水子の供養札を眺める人、人一倍思いをこめて手を合わせる人、寺院の故事来歴の碑に見入る人等の参拝風景。そして道すがらお互いの胸の内を語り合う触れ合い。――これらの現象に遇うことは、ストレス発散に効あり。なぜなら、日常生活のお決まりパターンと違うからだ。

 七寺院目の「観蔵寺」参拝後、希望者のみ「温泉・酒コース」に参加した。
 新小岩方面へ40分ほど歩いたところに近々開業した“自称・天然温泉”「古代の湯」がある。送迎バスもあり時間無制限なので近い人にとっては「1日のんびり」するのに良いだろう。持ち込み禁止とあったが某さんが酒を取り出した。飲ませてももらったが、おおっぴらでなければ、おとがめはなかった。――私も参考にしよう♪
 本日を振り返るに、「七福神巡り」のそぞろ歩きには、心を拡がらせる働きがあり、有意義な1日だった。

 その翌日の胸の中―――
 「それにつけても、“参拝のご利益”あるのかな?」
 「「授かる」と案内にあったからあるかもしれないぞ!♪」(八王子支部 向坂元志)

   
                                                             (平成15年7月号掲載)

 山梨県に入ってまもなく、中央線南側に並行して走る山並みが見えてくる。その中にある「倉岳山990m)」が今回の登山対象。
 「鳥沢駅」にて下車。目の前には時を経た小さな駅舎があり、その左側の線路を隔てて遠くに目をやると、山々の上部3分の2は雲の中にある。この天気だと眺めはまず期待できまい。
 7月6日(日)参加者11名。“昔若者達”といえども意気軒昂としていて、鼻息は「今若張り」。挑戦前はこんなものです。
 案の定、登り始めてまもなく霧の樹林帯となる。そんな中を黙々と高度をかせぐ。気温は低めでも湿度が高いので暑苦しい。やっと12時過ぎに頂到着。

 そこには富士が見えるとの案内あるがすべて霧の中。そのかわり「容姿のアラ?」が隠せて同行の輩はみな美男美女となる恩恵あり。記念写真が証明か。多少の酒と食材に会話が交じるがそれだけでなく、近くに、仲間以外で尺八を吹く粋人もおった。
 さて、いよいよ下山だ。霧の中を下り、ガス帯から抜けて見通しがよくなったかなと思ったところで、林道に出た。後はひたすらこの途を駅に向う。
 甲州街道へ出たところに、無人駅があった。「梁川駅」だ。誰かの「今度ここへ来るとき、キセルしちゃダメだよ」の声。  ・・わかって・・いるよ・・。
 最後に。山行に参加することにより気分転換が図られストレス解消。その上業務上の疑問解消も、もたらされるご利益があるので、参加してください。知人、家族ともOKです。(八王子支部 向坂元志9



                                                            (平成1512月号掲載)

 「武甲山(秩父嶽)」―その名からして、いかめしくかっこいい。
 その由来は、「兜(甲)」を伏せた山容からきているとか。有史以来、秩父地方の人々にとって「おらが国さの山」として、親しまれてきた。ところが近代化の波をかぶってその姿をすっかり変えてしまった。石灰石の採掘を長年続けてきたためだ。

 「西武秩父駅」1つ手前の「横瀬駅」に降り立つ。セメント工場の施設が目に入る。11月2日(日)晴れ、男女12名でこの山に挑む。眺めの中に紅葉を探したが見当たらない。すでに盛りは過ぎたのか?そんな中、おしゃべりを交わしながら登る。これが又楽しい。ゆえに、そのせいかいつのまにか高度をかせげた。
 まもなく開けた平坦地が現れ、古い社が2〜3棟。そのすぐ裏手に頂(1295mだが、採掘前は1,336m)があった。
 そこには長大な鉄柵。覗いてみると―――ザックリ削り取られた北側が、足元からスッパリと直角に切れ落ちている。はるか真下に工事用車両が点々。目を上に移せば、秩父の街並みの拡がり。犠牲になった山の姿がここにあった・・。そのてっぺんに我々は座り昼食をとる・・。

 大休止後、先に発った仲間に遅れまいと残留の3人も下りはじめる。下がりきったところに沢と言ってもおかしくない細い流れの「橋立川」。途中、札所28番の「橋立寺」と「鍾乳洞」あり。見学せず、後ろ髪ひかれる思いで先を急ぐ。「浦山口駅」の改札口に着く。・・と、同時に― 先発隊を発見― 電車が入る― 飛び乗ってセーフ。
 途中、「飯能駅」で数人下車し、カンパーイ!(八王子支部 向坂元志9

 

  (平成163月号掲載)

 本年は「浅草七福神」がターゲット。江戸時代から有名だったとのこと。事前にネットで検索したところ、なんとそうそうたる故事来歴ある社寺だらけ。
 28日(日)快晴、地下鉄浅草駅の改札口に19名集合。「福徳・福運を求めて〜♪」と、4080歳代の色とりどりの善男善女が参集。
 階段を上がって外に出ると浅草寺入口の大提灯。賑わいの中の参道をいく。配布された地図を見るってーと、浅草寺を南端として直系2キロの円状のルート上に9社寺が点在しておる。
 反時計回りに3〜4時間の歩程とか。ぐるーっと巡って元んとこに戻り、一風呂浴びよーってー、算段だ。
 @浅草寺に沿うようにA浅草神社へ。境内での猿使い興行見物もほどほどに、次のB待乳山聖天に向かうあたりから人込みから開放される。北端にある石浜神社に向かい、隅田川に沿って北上する。 途中、頼朝が戦勝祈願をしたという白髯橋近くのE石浜神社で昼食。かたわらに、「名にし負はば いさ言問はむ都鳥 わか思ふ人はありやなしやと」の石碑あり。土手に登ったところ、くしくも、白い水鳥一羽が飛んできて川面に浮かんだ・・。こりゃー、決まりすぎだ!
 ここから西に進路を変え、花魁、太夫も拝したF吉原神社から、日本武尊ゆかりのG鷲神社へ。そこから南下してH矢先神社に。ここには江戸期に「通し矢」がなされた三十三間堂があったとか。
 これで終いとなり「浅草観音温泉」の湯船に沈む。風呂上りに「ニュー浅草」で一杯。
 9ヶ所参拝の「9倍ご利益」を期待して乾杯!!――― 欲張りだと無理か?!?
 (八王子支部 向坂元志)
 

 

 

(平成166月号掲載)

 朝出発時の空模様は、ポツリポツリだった。
 どうも梅雨の気配がするが、梅雨入り予報では数日後となっている。「このぶんなら心配あるまい・・」との気持ちで参加したが、現地へついたら本降りになっていた。
みなさん、雨の中、ご苦労様でした。
 66日(日)、参加者10名の老若男女。箱根前衛の山「明星ヶ岳」に登らんと意気高く小田急線の「新松田駅」に下り立つ。改札を出たら早速の雨で気持ちが萎える。が、気を取り直してバスに乗り登山口に向かう。
 開創から600有余年たつと伝わるバス停、曹洞宗「大雄山最乗寺」が登山口。バスを下りる直前に傘を広げる必要ありの、本格的なドシャ降りとなり、登山意欲は失せて境内めぐりに変更となる。
 ズボンをまくりあげ、傘を差しながらの境内山林めぐり。当初、たいしたことない寺だろうと、思っていたがその規模の大なること――30あまりの堂塔が老杉の中に鎮座す。「天狗の高下駄」見物をはじめ、「奥の院」へ向かう350段の階段を登るなど適度に見所があって時を過ごした。
 本堂前の池畔際にある屋根だけの堂の中でいつもより早い昼食をとる。池の蛙声がなぜか郷愁を誘い懐かしい。
 帰路のバス車中での運動部帰りの女子高生との華やいだ交歓や、道中におけるほかの団体とのふれあい等々、心和むものがあった。これらは家にいては味わえないものだ。過去、参拝してきた「ご利益」の一つかな・・? いや、まだある。死後に、「天国」の方へお導きしてくれることも。

 新松田あたりには適当な湯どころが無いため、途中下車して「鶴巻温泉」にて「雨中ごくろうさま酒宴」を開催。
 ――― 帰宅後、「梅雨入り初日」との報に接した。(八王子支部 向坂元志)






皆勤を 祈りて高尾 初登り
(平成17年2月号掲載)

当会の「新年会」を高尾山山頂(599m)わきの小屋風の食堂で行い、下山がてら、「初詣で」するのが年明け山行の恒例行事だ。その席上で、昨年1年間の実績により皆勤賞、精勤賞および感謝状などを該当者に授与するのも同様。
 1月9日(日)10時、快晴のもと京王線高尾山口駅の改札前に18名が参集。会長の娘さん夫婦とその子供さんも初参加。いつものように円形になって簡単な自己紹介をし、人数確認したあと杉林の中を「びわ滝川」の清流に沿って歩き始める。当初のんびり歩いていたが途中から凍りついた道に変貌。大晦日に降った雪が化けたのだ。斜面沿いに1列になって恐る恐る進む。途中、山登りだけでなく、心ならずもスケートを“必死”に楽しんでいる?人も2、3見受けた。右に落ちたら川にドブンだから必死にならざるを得ない。
 食堂においては新年の挨拶のあと授与式に移った。皆勤賞は江戸川のK先生、精勤賞は板橋のSさん、そして感謝状はダブル受賞でK先生。なにしろ3年間36回参加とは恐れ入る。それ以前も参加回数ダントツNO1の地位は動かない。その上、毎回必ずみなに写真を贈られるという無償行為が感謝状授与の対象。それからのワイワイがやがやと、とりとめのない会話を交えた酒宴がなんとも楽しい。それに情報交歓もできて有益。
 「これからも体の続く限り山の気に触れて〈思い出作り〉をしていこう」との総意を胸に、山を下りはじめる。途中、薬王院ほか社殿に1万円札とはいかないがなにがしかの賽銭を投じ、思いを念じた。ご利益ありや? あれや!
 JR高尾駅南口から1キロ有余離れた「八王子健康ランド」に向かう。30分ごと発着の送迎バスに、希望者数人が乗り込む。到着後、一風呂あび、芸人の興行を見ながらの酒席でお開きとなる。ちなみに、この施設はおすすめどころですのでご記憶のほどを・・。 (八王子支部 向坂元志9




椿の実 ここでまた咲け 過疎の島
(平成17年9月号掲載)

 五月晴れの下、一泊二日で伊豆大島の三原山登山に挑戦した。雄大な山容と風土の香りを満喫した旅だった。
 5月4日、朝7時に竹芝桟橋に男性7名、女性4名の計11名が参集した。行きは大島まで1時間半強で結ぶ超高速ジェット船。帰りは大型客船で4時間乗船。
 飛行艇さながら、船体を浮上させて風を切る超高速ジェット船は、スピードを上げて東京湾を南下した。時速で言えば80キロでるとか。 
 岡田港に出迎えてくれた宿の車で元町から三原山山頂口まで行き、そこからいよいよ登攀開始。外輪山の一角に立ち前方を眺めると、広大な平原のはるか先に内輪山がどっしりと構えていて、全体の山容は想像していた以上に雄大だった。そこで最初の記念写真をとる。19年前に大爆発があった際に湧出した溶岩の中をたどって内輪山の一角にある三原神社に到着した。ここから火口縁をたどるお鉢めぐりに入る。途中、強風に煽られたが無事一周して三原神社にもどり昼食となる。
 元町にある民宿「大陣」が今日の宿。夕食では、会長のいつもの上手な口音頭に乗せられにぎやかな宴となる。
 5日は、「火山博物館」→「ぱれ・らめーる館」を見学してから、昼食→乗船の予定だ。
 宿から徒歩で街なかの大通りを南下して「火山博物館」へ向かう。かっての観光力が今は失せたさびしい街並みを行く。その街並みの中に際立って立派な建造物がここ。火山に係わる情報を満載した資料がよく整い、飽きがこなかった。
 次に訪れた「ぱれ・らめーる館」。和訳で「貝の宮殿」とか。ここも優れものの収集資料のオンパレード。“造形の神様、それは貝”の感がした。昼食後、「為朝神社」を参拝。この地に流され、戦に敗れて割腹した将を悼んだ社とのこと。
 乗船準備に入るため宿の車で岡田港へ。
 埠頭に現れた和服姿の「椿娘」4人とともに記念写真を撮る。乗船後、デッキで椿娘達とテープの別れで、チョッピリ旅情の味。
 出港後は甲板で海を見ながらの会話と酒と仮眠で船旅を満喫した。
 時間の経過とともに、夕日と離着陸する飛行機、そして湾内の夜景へと移って行く海上の大舞台。それを讃えるシンフォニーが、空間に満ちてくるような幻想を抱いた。着岸し、そのまんま陸に上がる。(八王子支部 向坂元志9      




                                                  七福神 さぶいさぶいと 堂の中
                                                               (平成183月号掲載)

今年の2月は、「亀戸七福神」がターゲット。毎年2月に七福神巡りをするのが「東行会」のおきまり行事。覚えているだけでも、越生、青梅、柴又、日野、浅草、深川、そして今回の亀戸と詣でてきたので、かなりの福徳を溜め込んでいるはず。もうそろそろ現れてくださいな。
 案内によると亀戸の地名由来は、昔、亀に似た形の小島だったところからきているとはおどろき。四辺、波間漂うその中に、向島が北に、大島が南に、そして柳島が西に眺められ、その他島と付く地名の小島が点々と海上に浮かんでいたとは。水害・水難除けの水神様が亀戸にあるのも道理だ。
 2月4日(土)、快晴で日差し強いといえども、寒さ身にしむ中、亀戸駅の北口改札口に男女合わせて19名参集。詣で終われば全員善男善女に化身するはず。
 10時過ぎ、案内を片手に歩き始めた。一番目の「常光寺」に向かう途中に「亀戸水神」があり、最初のお賽銭を投じた。次々と参拝したが、ご開帳の日ではなかったのでご神体は堂の中。堂越しでもご利益には変わりあるまいとひたすら拝みまわった。
 昔、将門の乱のとき、俵藤太が戦勝祈願したと伝わる「香取神社」、歌人の伊藤左千夫の墓がある「普門院」、疫病大流行を鎮めるために織田信長が流鏑馬の行事をしたという「天祖神社」、江戸の粋人が中秋に遊覧したおりに詠んだ俳句を刻んだ石碑群がある「龍眼寺(はぎ寺)」等、由緒ある六寺社をめぐり終えて菅原道眞公を祀る「亀戸天神」にはやばやと12時に到着。寺社相互間が近接しているため、早く巡り終えた。
 今年の冬はことさら寒い。そんなわけで亀戸天神内の散策もそこそこに、銭湯に向かおうとしたが営業時間まで時間がありすぎてアウト。しかたなく近くの食堂にて鍋焼きうどんをさかなに熱燗で一杯。その結果、みな恵比寿顔になってご帰還あそばした。 
 寒い中、皆様ごくろうさまでした。参拝したのできっといいことありますよ。
 いいことなくても、悪いことありませんよ!
八王子支部 向坂元志)





日射し いろどり綾なす 積乱雲
  (平成18年9月号掲載)

今年の夏の山旅は、中央アルプスの木曽駒ヶ岳(2956m)。そこは天竜川に沿った飯田線と木曽川に沿った中央線に挟まれた山域だ。普通に登ったら2泊かかるところをロープウエイ利用で1泊に短縮するプランを採用。
 8月3日、新宿発23時51分の指定席付き列車に参加者12名が乗車し、翌4日の3時過ぎに塩尻駅着。2時間弱待合室で仮眠したあと再び乗車し、辰野経由で9時前に飯田線の駒ヶ根駅下車。そこからタクシーにて「しらび平」まで行き、我々の体はロープウエイにて一気に標高2608mの千畳敷まで運ばれた。
 眼前には、まぶしい青空の中に峨々たる岩壁を擁した宝剣岳(2931m)が天を突く。その山腹をまくようにして登り、稜線の鞍部に出て昼食となったあと、宝剣岳山頂への往復アタックを敢行。途中くさり場が何ヶ所かあり肝を冷やしたが、全員無事戻ることができて安堵する。頂の祠に10円を投じたご利益か。安いもんだ。
 午後3時頃に木曽駒ヶ岳山頂着。頂には駒ケ岳神社あり。石囲いの壁の中に小さな社が鎮座する。なんとなく拝んだ。そこから本日の宿である「頂上木曽小屋」に行き荷を降ろす。それから間もなく、持ち込んだ酒・肴で宴会をしたがすぐ酔ってしまいなぜかあまり飲めなかった。
 そのあと山小屋から出てみたら、眼前に、夕日に映えた雲々の刻々と移り変わる色彩の妙が展開。全天にわたるドラマティックな自然の演出だ。宿泊客の感嘆の声がそこかしこ。そんなわけで満ちた気持ちを胸にして床に就いた。
 翌5日の行程は、桂小場というところまで長丁場の稜線沿い下りとなる。標高が高いとはいえじりつく太陽の下、当初の登山道は岩だらけの道を行く。途中、大正2年8月に地元の小学生達11人が、遭難死した時のいわれを刻んだ巨岩の遭難記念碑あり。この事件をもとにした小説が新田次郎著「聖職の碑(いしぶみ)」とか。合掌。
 途中、西駒山荘あたりでタクシー会社に電話して帰りの足を3台確保した。ここから樹林帯に入り急な下りとなる。黙々と歩き黙々と下ったが、やっとこさ桂小場に着いたら先行した8人はタクシー2台に分乗して先に行ったとか。菊地会長を交えた我々4人もそのあとを追い岡谷まで直行する。途中、この前の大雨被害で大々的に報じられた、天竜川の氾濫により崩された堤防および切断された鉄塔をまのあたりに見たのは思いのほかで、なんともはや。
 岡谷で乗車した特急自由席に4人はバラバラになりながらも辛くも席を確保した。早速、来し方の様を反芻しながら残った焼酎を静かに飲んで酔った。何事も無く全うできた安らぎ・・。  天気の神様ありがとう(八王子支部 向坂元志)




本年も 全員無事で 誤算無し
(平成191月号掲載)

 12月2日(土)9時、冷気に包まれた「高尾山口駅」前に14名が参集。本日のコースは「高尾山→城山→温泉→相模湖駅」。
 朝、会合した際にするお決まり行為を記録しておこう。それは、川上先生から参加者個々に対する写真の無償提供、そして全員輪になっての自己紹介と人員確認の点呼がそれだ。本日はこれに加え菊地当会〃長から「前月は雨のため本行事がない月に初めてなった。本会始まって以来のことだ。」との発言あり。
 予定していた「稲荷山コース」は工事のため通行禁止になっていたので、沢沿いの「びわ滝コース」に変更。
 高尾山頂から登下降ある道をたどり城山に至り昼食をとる。その際、茶屋の主人から「五本松」という湯どころの紹介を受けたので本日の落ち着き処に決定。
 小仏峠まで行き相模湖側に下る。途中、携帯で「五本松」に予約を入れたところ、「本日は他の予約でいっぱいです」と断られた。すわ大変と思い、「親分に替わります」と言い、携帯を菊地会長に渡した。すると間もなく、電話の向こうの反応が好転して「どうぞ」とのこと。さすが長年の業務で鍛えられた交渉術が功を奏したのだろう、たいしたものだ!・・と、そのときは思った。
 山の中に「割烹」との看板を掲げた「五本松」がポツンとあった。風呂に入ったあと、手持ちの酒つまみを宿の料理に添え、カンパーイ!   話に花が咲き、宴が盛り上がった。 1時間くらいたった頃、突然宿側から「予約客の準備の都合上お開きにしてもらいたい」との注文が入った。水を注された感があったが中止とし、宿の車で相模湖駅まで。
 飲み足らない5人は、駅前の「かどや」で延長忘年会。
 そのとき出た話が、「予約の電話を入れた際、『親分に替わります』の“親分”の二文字が、宿側に受け入れ承諾させる功を奏したのだろう。酒宴時に宿の主人とその息子が渋い顔をしていたのは、『それとおぼしきコワモテのお方かも。粗相なきよう。』と思って予約を受け入れてしまった誤算に対してではないのか」で、大笑い。(八王子支部 向坂元志)





本年も 思い出作りに 励みましょう
(平成192月号掲載) 

1月6日〜8日、日本列島を上下に挟んだ爆弾低気圧が通過し、北日本を中心に荒れまくった。その余波を受けた6日(土)、冷たい雨の中、それでも8名が参加した。
 毎年、「東行会」の1月行事は、恒例の新年会を高尾山頂わきの「やまびこ茶屋」で開催するのが定番。
 おきまりの新年行事の進行プログラムを紹介しよう――――。
 まずは、菊地会長の挨拶から始まり、次に、昨年12回にわたって行われた当会行事への参加状況等を勘案した表彰授与が行われた。
皆勤賞は二人。毎年受賞の江戸川の川上さんと、今回初受賞の八王子の向坂がそれ。精勤賞に板橋の松任さんと、新宿の西村功さんの両名。感謝状は江戸川の川上さんが皆勤賞とともにダブル受賞。 菊地会長からじきじきに表彰状と記念品を 授かった。続いて、大先輩の松任さんの乾杯の音頭で酒宴が花開く。
 過去の行事の思い出、人の思い出、今年の行事に対する抱負などを織り交ぜた会話が飛び交い、酒宴は盛り上がる。 「この行事に参加することが私の生きがいの一つになっている」なんてーことを、のたまわった人もいた。さもあらん!――「山登りは健康の基」。「じゃー、山登りをしていなければ今頃は生きていないかも?」なんて、悪ふざけを言う輩もあらわれる始末。
 帰路はいくつかの寺社に参拝をしたあと、今回はケーブルカーを利用して山を下った。雨の中、歩いて下りる気が起きなかったからだ。
 それでも、しっかりと、JR八王子駅近くの酒場まで行き、再度腹を清めることは忘れなかった。肺もついでにカラオケで清めた。〈この会は、“ここんとこ”の意志が強い〉(八王子支部 向坂元志)
 出発進行! 今年もこの会を通じて、思い出作りに励みましょう!

余生行く 芽吹く木の間の 富士おしや
平成19年6月号掲載)  

会員の一部に希望があった三ツ峠1泊ハイクを5月の連休に挙行。2日間とも天気に恵まれ、明峰富士を終始眺めながらの贅沢な山旅だった。
 54日(金)、新宿8:14発のホリデー快速1号にて河口湖駅までの直行便に乗車。駅からバスに乗りかえ、バス停「三つ峠登山口」に下車したのが男性9名、女性3名の12名。
 一息入れてから歩き始め、途中昼食をとってから山頂を目指した。
 頂(1785m)からの富士は、多少霞がかかっているとはいえ6合目以上が冠雪した美しい姿を見せてくれた。
 「三ツ峠小屋」に14時前に到着。小屋前からの眺めはピカ一。左にロッククライミングのゲレンデとして名高い屏風岩、右に丹沢山塊を経て富士にいたる山並みが望め、眼下には河口湖とその街並みを擁す。
 夕食の18時半までの無聊は、酒宴における馬鹿ばなしと情報交換、そして富士を目の前にした酔狂な散策で消化できた。
 夕食後は酔いと疲れで睡魔が襲い、全員20時ころに就寝。
 あくる日、篠田さんから聞いた話だと、夜中の1時頃1人で外へ出たところ、月の光に照らされた富士が、息を呑むほど凄絶な色彩を帯びていたという。うらやますぃ―↑。
 翌朝、頂が朝日に染まった富士の峰と有明の月のデュエットが、われわれ写真家もどき連を満足させてくれた。
 小屋発7時半。天水温泉めざし南下し、木無山から西に分岐した道をたどる。
 下るにつれ気温が上がるのは山の定め。3月初旬から5月初めにかけた樹相が、山の上から下まで移ろい変わる。途中、芽吹いた木々の向こうに清澄な富士の姿あり――あと何回拝めることやら・・。
 「母の白滝」→「河口浅間神社」を経、「天水温泉」で1浴した。
 東行会30周年を祝し全員乾杯。今後も、円満な進展継続を祈ります。八王子支部 向坂元志)

秋の山 ホームステイも 共に愛で

                                                          平成1911月号掲載) 

今月の山は、武蔵五日市の西にそびえる三頭山(1527m)。10月6日(土)、朝日射す武蔵五日市の駅頭に参集したのは、外国人を含めた21名という大所帯。外国人とは、アメリカ、カナダ、スイス等の国籍で、男4人、女1人の構成。本会一会員の知人宅等に分宿しているホームステイ資格者とのこと。
 バスにて「数馬」まで秋川を西進し、数馬でバスを乗りかえ登山口の「都民の森入り口」(948m)着。
 定番である自己紹介の後、山頂めざして登り始めた。例年だと途中から沢沿いの道を登るが、台風による路面崩落のため遡行できず、三頭大滝を経たのち尾根伝いの道を行く。
 途中、アメリカ人の1人が「日本はどこへ行っても緑が多くて素晴らしい。ただし、一部地域を除いては。」とのこと。気になる一部地域とはビル、人家が密集した平地のことか。彼のお国の住まいからは、遠くアパラチア山脈の長い山並みが、かすかに青く帯びて見えるとのこと。
 13時頃頂上着で昼食とする。頂からは、奥多摩湖の一端を下にして雲取山まで続く山並みが望め懐かしい。
 下山路は東にとり、鞘口峠を経由し、「森林館」→「都民の森入り口」へと辿る。
 数馬のバス乗りかえ場所で温泉コース組は帰還組と決別し、「数馬の湯」に向かう。一浴し、休憩室で一杯となる。山の疲れが酒の酔いを開放的にさせ、言わなくてもいい事を言わせちゃうところが、又いい。  

八王子支部 向坂元志

                                     
                                                         世を覆う うそ隠しだて 山紅葉
                                                            (平成201月号掲載)

12月8日(土)9時、周りの里山の紅葉が朝日に映える「京王高尾山口駅」の改札口に参集したのは1?名。このうち、我々の友人・知人・家族などが半数近く混在。
 本日は、今年最後の山行で忘年会を兼ねている。高尾山から城山まで行き、そこで昼食をとってから下界で酒宴となるのがお決まりのパターン。
 自己紹介と員数確認後、9時半頃から登り始める。業務関係の情報交歓の中、汗も交えながら歩程を進める。
 高尾山を経、城山頂上に着いたのがちょうど12時ころ。トロミが強い250円の「なめこ汁」をすすりながら麦焼酎をたしなむ。お湯を注いだら―――― ウッ!・・一段とうめー! 仲間からの差し入れも同時に食しながら。四周を見るに、紅葉は下界にあってもここには無い。アルコールに赤らんだ顔を除いて。
 13時過ぎ、相模湖方面に向けて下り始める。 
 下界に下り終えて畑中をたどる。振り返ってみたら、そこには日本の原風景があった。真っ赤に色づいた山ふところに、お寺と人家と子供たちの遊ぶ姿。魅入られてカメラを向ける仲間の2〜3人。山にはこの世の穢れに染まらぬ、永久に変わらない美しさがある。
 「天下茶屋」という休み処で忘年会となる。忘年会といってもいつもの酒宴に回顧部分を付け足したもの。酔いを生きがいの一つにしている者にとってはありがたい名称。
 今年も事故がなく無事に終えました。もちろん、山登りも一つの生きがいです。来年2008年もお世話になります。(八王子支部 向坂元志)


                                      
                                                   春浅し はだらまだらの 梅の花
                                                            平成203月号掲載)  

2月9日の土曜日、「池上七福神」巡りに善男善女14名(男6名、女8名)が池上駅に参集した。当会において毎年2月は「七福神めぐり」と決まっている。今まで10ヶ所以上は巡り終え、それぞれ懐かしい思い出を残してきた。
 天気予報は午後から雪が降るとのこと。本日は寒いのでマフラー・帽子・手袋は必携! お賽銭も同様。
 「曹禅寺(布袋尊)」→「微妙庵(毘沙門天)」→「馬頭観音堂(大黒天)」→「本成院(福禄寿)」→「厳定院(弁財天)」→「妙見堂(寿老人)」→「養源寺(恵比寿)」と7寺社を巡拝した。
 最初に向かったのは駅南方にある「曹禅寺」。堂前にあるスタンプを色紙に押し記念とする。(以後6寺社のスタンプ押印す)
 2番目からの寺社は駅北方に散在しているためそちらに向かった。道中、めずらしい植え込み樹木や果樹、それに鉢植えなどを話の種として歩を進めるうちに、 ひょっこり「池上本門寺(日蓮宗の大本山で、日蓮入滅の地)」前の参道に出た。
 参拝途中、雪がちらつき始める。本門寺に隣接した「池上梅園」に入り、梅を愛でんとするも、時にあらずしてか開花している樹は少ない。 暖冬だった昨年の今頃は満開だったとか。
 境内は台地上にあり、その真ん中あたりにでっかい「大堂」あり。そこで記念撮影。
 帰路につく途中、蕎麦屋に入り胃袋と心を暖めた。同じ体験をしてきた仲間に通う、共有・共生の心を酒がさらに高めて饒舌になる・・・幸せなひととき。(八王子支部 向坂元志)






 から松の 群れにかげ染む 山桜    
   (本会行事平成20年5月5日、甲武信ヶ岳からの下りにて)      







ヒグラシの 声木々に満つ 山に満つ
平成20年8月号掲載) 

75日(土)、奥多摩湖の北に位置する「鷹ノ巣山(1737m)」に登攀。この山は、雲取山から東に派生する稜線上にある。
 今回の登山で特筆すべきこと――それは2種の昆虫の異常発生?に出合ったことだ。いままで幾多の山を登ってきたがその多さは初めての体験。
 集合場所は青梅線の奥多摩駅前。9時過ぎに男女合わせて9名が参集するもタクシーの都合等で出発は10時近くになってしまった。車は、奥多摩湖の北岸を西に向い、中ほどで北に道をとり山に入る。奥深い山腹にポツンとある奥集落(標高930m)で下車。
 暑い中だが遅れを取り戻すため、休憩もほどほどに歩を進めるうちに、道は桧の植林地帯からミズナラ、ブナの自然林へと移り変わる。
 このあたりから、ヒグラシの大群のけたたましいほどの大合唱に遭遇。あたりの空間を震撼させ、耳を聾するほど。意識しないと聞こえないのは不思議だが、意識すると70デシベルを超える?音量となり頭がクラクラ。過去にも幾度か経験あるがこれほどではない。
 避難小屋へ着く前あたりからヒグラシに変わって、小さな羽虫(名不詳)が何百匹と身体にまとわり付く。これも同様その多さは初めての体験だ。温暖化と関係あるのかも? その上、始末が悪いことに蚊と同様肌を刺す。そんなわけで、頂上で昼食もとることができず逃げるように下山した。
 先に頂上を踏んだ足の速い仲間5人は北側の日原へ下った(標識にメモ紙あり)。後続の4人は南に道をとり、水根沢林道を経て奥多摩湖側の水根バス停へと下りた。その結果、いつもの全員記念写真は撮れなかった。
 4人は水根からバスに乗り、奥多摩駅近くにある温泉宿「玉翠荘」にて疲れを癒した。落ち着いた和室に憩い、ビールで乾杯! 苦行を体験した反動か、一転して極楽の感・・便乗して酔っぱらいました。(八王子支部 向坂元志)







くもの糸 風に流るる 山野枯る
(単独行平成2011月11日小菅山―狩倉山)









野末まで 山を辿りて 春を待つ
  平成212月号掲載)

毎年1月は、高尾山の頂上そばにある「やまびこ茶屋」で新年会と決まっている。その席で、菊地登山クラブ(東行会)会長から新年の挨拶、それに続いて昨年の参加状況による賞状授与、そして酒宴へ・・と移るのはいつものお決まりパターン。
 1月10日(土曜日)10時に高尾山口に集合したのは19名。天気は晴れで足も軽く?沢沿いのビワ滝コースを遡上し頂上を目指す。足元には3〜4センチの雪。暖冬のせいか凍っていなかった。
 12時頃全員「やまびこ茶屋」に到着し、即新年会。
 乾杯前に賞状授与が行われ、皆勤賞に庄司さん、精勤賞に菊地、関上、川上、西村、峰岸の諸氏、感謝状を川上さんがそれぞれ受賞した。庄司さんは介護福祉士の仕事をなされており、忙しい合間を縫っての受賞は天晴れ! 川上さんは、毎回朝の集合時に、前回行事の写真を皆に配られている不断の善意に対して、皆からの感謝を込めた思いを受けての受賞。そのあと、重鎮、松任さんによる乾杯音頭で本年の幕開け酒宴となる。

 帰路は、いくつかの寺社に、公私にわたる、行く末の無事を願って参拝祈念した。
 下山後多摩センター駅近くの天然温泉「極楽湯」の湯船に沈没。それから国分寺駅近くのスナックに場所を移しての沈没まで、底抜けに付き合った輩が3人いたとかでチョン・・。(八王子支部 向坂元志9








                                      陽をかざし 輝く若葉に しくはなし
                                      芽吹き樹や 狭間に横たふ 青い山
                                                        (他会参加 21年4月19日(上野原)ー坪山)

      
                                                         一面に 舞い降る花と 白い犬
                                                          (平成21年4月26日近在の山林で


                                                         会越嶺 空に溶けおり 重畳と
                                                                              (単独行平成21年4月29日浅草岳山頂にて








                              脳みそや からだ留めむ まめ桜
                                                                                                                                                      (平成216月号掲載) 
 風薫る5月の山に緑を求めて、1泊2日で伊豆の「天城山」に登らんと、15名(男10名、女5名)が参集した。天城山とは万二郎岳・万三郎岳・遠笠山等を総称して呼んでいる。9年前に実施したリバイバル企画だ。 
 話はそれるが、本年3月から<山の行事ごと、参加者のみ>の傷害保険に加入した。保険料は日帰り登山1人100円、1拍登山300円。ポリシーを備え基盤整備をした登山クラブ。さらに前進と言えるだろう。 
 5月2日(土)、小田原から三島経由で修善寺駅に降り立った。ここで総勢15人が出揃う。駅前のそば屋で腹ごしらえをし、一日目のコースとしてタクシー に分乗して「浄蓮の滝」見物に向かう。滝は観光地でもありかなりの人出で賑わっていた。そこから、1時間ほど歩いて今晩の宿「しきや」に着く。ちなみに隣 の宿は、伊豆の踊り子が泊
まった旅籠とか。  
夕食後の宴会ではカラオケなしの地声で、懐メロ等が出るも、歌集が無いので声も途絶えがち。だが、その中でひときわ目立ったのが八王子支部の峯岸さん。 独特の美声!?でみんなから喝采を浴び、ご満足の様子だった。
 
 二日目の5月3日
()朝 7時、宿の車とタクシーに分乗し、林道ルートで標高1000mあたりまで運んでもらう。 薄日が射す中、若葉の遊歩道を昭和天皇も行幸された「八丁池」に 向かった。池はたっぷりと水をたたえていた。池といえども湖の如くでかい。天然記念物「モリアオガエル」が棲息する池畔は落ち着いた草原の佇まい。のんび り昼寝でもしたい雰囲気。池にはトンボの幼虫ヤゴの姿も。 
 
今、この天城山一帯は、 石楠花の花盛り。その合間を縫って「豆桜」が自生し、直径1センチ強の小さく可憐な花をつけている。花びらは5枚で、内側中心に尖った赤い5片の花芯を付 けた実に愛らしい姿。いつまでも覚えていたい・・先々まで。この姿の記憶に陰りがないように・・。
 「万三郎 岳」(1406m)で昼食をとってから「万二郎岳」(1300m)を経てゴルフ場のバス停まで下る。
 途中、菊地会長が、「浄蓮の滝」で買ったおみやげの 「まんじゅう」をどこかに落とされた。下る道すがら嘆かれることしきり。ところが一転、急ぎ下ってきた登山者に問い合わせたところ、拾って持っているとの ことで一件落着。菊地会長大安堵で、「まんじゅう」ともども大喜び。よかった。よかった。

 バスでJR伊東駅へ。伊東線に乗車し途中小田原駅で下車して、有志9人で無事下山の祝杯となる。呑み助は、口実自在で酒にありつける。ありがてー。(八王子支部 向坂元志)
「次回も参加しましょう!」の音頭の声。今回行事もこれにてシャシャンがシャン。

 

 

 

 

高速道 一点蝶の 渡るなり

 (個人山行平成2159日大和・二上山に向かう車中にて)

 







余生あり 愛しコスモス 山の並み
(平成21年10月号掲載)

 9月12日(土)、西武秩父線の飯能にある「天覧山」に登らんと、駅改札に参集したのは男女混成で10名。
 明治16年、明治天皇が30歳ごろ、この山の頂で陸軍演習を統監したことにより、天覧山と呼ぶようになったとか。 標高は195メートルとかなり低いが、頂上からの眺めはすこぶる良いとのことだ。
 駅から歩き始め、途中23の寺院を経て30分ほどで登山口の能仁寺(のうにんじ)に着いた。この寺は幕末、彰義隊が立てこもって抵抗した「飯能戦争」の舞台であったとか。
 ここで1人見学している方と知り合いになり、頂上まで30分ほどの道のりをご一緒した。
 曇天なので、頂上から富士山は見えなかったが飯能市外は一望の下。
 彼の方に写真を撮ってもらったあと、我々は「多峯主山」(とうのすやま271m)に向かう。ひと下りしたところで常盤平という平坦な湿地帯に出た。5分ほどで登りとなるが、この登り坂を「見返り坂」と言う。東国に逃れた義経を追ってこの地までやって来た母・常盤御前が、あまりの景色の良さに、後を振り返りながら登ったことから命名されたとのこと。―― まことなら、ロマンだな―。
 多峯主山の頂で食事となる。いつものように食材の交換も交えて。

 山頂を後にして下り、入間川沿いの名栗街道に出る。ここからバスに乗り、日帰り温泉「さわらびの湯」へと向かう。
 湯を出てからの酒盛りの中心話題は、先月の北岳登山。
 「厳しかったね。」「天気にもギリギリ恵まれた上、アクシデントもクリアできてよかったね」が、話題の中心。
  温泉から出てバス停に向かう途中、かたわらのコスモスと、雲のかかった山並がことさら目に沁みた。そう感じたのは、年齢からしても、「いつまでも見ることができない」との思いが絡んだからだ。
  来月の予定は、「金時山」。またまたお山にお世話になります。
  山さん!いつまでも、「すこし愛して、なが−く愛して」・・・喝!(八王子支部 向坂元志)







                                 
 
                                                         大気凍つ 樹の間もれ日の 舞うきらら
                                                           
(単独行平成22年1月2日八ヶ岳山中にて


平成22行事

1月高尾山 2月東海七福神 3月幕山 4月弘法山 5月八丈富士 6月丸山 7月陣馬山 8月立山 9月明神岳 10月奥多摩むかし道 11月高山不動尊 12月高尾山



  
たなごころ 千歳の春見む 火山礫
 (平成22 年6月号掲載)

 平成22年51日(土)21時、300キロ南の八丈島の山に向かわんと、男74名が竹島桟橋に集結した。目的の山は、854mの「八丈富士」だ。
 行きは船旅、帰りは飛行機利用の1泊2日の旅。船は2220分発、翌朝920分に着くという自由時間いっぱいのゆとり旅。指定席は取れなかったので、甲板の一角または、船内の床面で過ごした。それでも寒さは、貸し毛布のおかげでなんとかしのげた。
 早速、持ち込んだアルコールで酒宴開始。菊地登山クラブ会長と私の焼酎、それに峰岸さんの日本酒で乾杯! 程よい潮風と波の音が、酒の酔いに彩りを添えた。

 翌2日(日)、920分に八丈島の底土港に到着し、多少睡眠不足のままタクシーにて八丈富士登山口まで行き登攀開始。
 晴れて暑い中、やっとこさ火口縁の一角に辿り着いた。そこには中央火口丘を中に擁した巨大な火口が待っていた。
お鉢廻りは、小1時間かけて一巡したが360度の展望のもと、眼下には、街なかにある八丈島空港とそこに着陸する航空機、そして海を隔てた八丈小島やそこに行きかう小船の姿の順に眺めが変わり、気宇壮大な気分となりすこぶる爽快。ヤッホーの声も乱れ飛ぶ。 
 途中、誰も触れたことのないと思われる火口縁ぎりぎりにあった赤い火山礫を手に取ってみた。そのざらざらした感触が手の平に伝わったとき、生成されてから今までの長い時の流れを全身に感じた。 
 山を下り、登山口から10分ほどのところにある「ふれあい牧場」に寄ってから、本日の泊まりどころの民宿「船見荘」へ。夕食は、ほかの客もいる食堂でとったが、我らが際立って賑やかだった。ご迷惑だったかな・・?

 3日(月)は、温泉と名所旧跡めぐりの島内観光に費やした。
 バスにて、最奥の末吉地区にある「みはらしの湯」へと向かう。
「みはらしの湯」から下って2030分先の海岸に無料の「洞輪沢温泉」があるとのことなので、5人ほどで向かったが現場に着いたら「月曜休み」とあり、がっくり。地元の人の言葉に従い、海中に沸くという「汐間温泉」に向かう。それとおぼしきところに着き、浅瀬に手を入れてみたがほんの一部が温水なので無理と分かり断念。「みはらしの湯」に戻り、急いで“カラスの行水”をし、徒労を慰めた。
 
空港に向かう途中にある「為朝神社」「ふるさと村」「宇喜多秀家の墓所」に寄った。秀家公は関が原の戦いに敗れ、ここに流されたとのこと、――合掌。
 1520分発の航空機に乗り、50分飛行して羽田着。
 打ち上げは、一部有志にて東京駅構内の中華料理店で行い、無事にこなした満足感を胸に散会した。(八王子支部 向坂元志)




 

    むかし道 遠いおもかげ 曼珠沙華
         (平成22年11月号掲載)      

102日(土)、奥多摩駅に参集したのは善男善女の16名。この駅から歩き始めて奥多摩湖に至る上り道に、歩程10キロの遊歩道「奥多摩むかし道」がある。
 昔は、この「奥多摩むかし道」をたどり、湖に沈んだ小河内村を経て西進し、大菩薩峠を越えて南下して甲州へ通じる往還道であって「甲州裏街道」と呼ばれていたとか。この遊歩道は、往時の街道の面影があるとのことで、近年人気があるコースだ。
 駅から国道をたどると、まもなく案内板が見えてきて「奥多摩むかし道」は右に分岐する。
 道すがら、ささやかながら「馬頭尊」や「道祖神」、それに神社と不動尊、そして「耳神様」(耳病医がわり)、「むし歯地蔵尊」(歯科医がわり)に、「馬の水のみ場」・「縁結び地蔵尊」などが現れ、昔日の生活と往来の様子が偲ばれる・・・。道沿いには廃屋も交えた質素な民家が点々。そのたたずまいも又、おもむき深い。
 所々にある「馬頭尊」は、谷底へ落ちて死んだ数多くの馬を供養するため造立とのこと。当時は険しい細い道だったので、このような災いをもたらした。
 途中、腰を下ろして休んだところに艶やかな彼岸花。個人的なことだが、ふと、昔の思い出がよみがえる・・・。いただいた飴がうまかった。
 集落を抜けて上りかげんに行ったところから、小河内ダムが見えてきた。そのまま登り気味に行ったところに奥多摩湖の展望ポイントがあり、湖面の傍らに爆音をとどろかせたヘリコプターが滞留していた。危難に遭遇した人がいたらしい。
 このあたりから下りに入り、水根バス停を経て湖畔に出た。歩きはここまでで、あとはバスで奥多摩駅へ。
 最後はお決まりの一浴と、酒と歓談のお楽しみコース。
 思うに――山歩きは、身体・心・頭脳、それぞれに好影響をもたらします。よって、長生きの良薬となりご利益いっぱいです。ぜひ!みなさんも奮って参加し、受け取ってください。(八王子支部 向坂元志)




                                         木枯らし葉 空を埋め天 おおいたり
                                         山ひしゃぎ 天空の間に 冬のぞく


                                            (西上州一人山旅22年11月9日〜11日:シラケ山 烏帽子岳 天丸山 大ナゲシ 赤岩岳



                                                            詣で締め 江戸墨客の 湯かげんよ

                                                           (平成23 年3月号掲載)    

 本年は「浅草七福神」がターゲット。
2月5日(土)、雷門前に27名集合。福徳・福運を求めて〜♪〜と、40〜80歳代の色とりどりの善男善女が参集。
 最初に寄ったのは浅草寺ならぬ吾妻橋のたもと。今建設中の「東京スカイツリー」の眺望スポットだ。
 そこから隅田川沿いに北上し「待乳山聖天」へ。その後は、「今戸神社」ー「橋場不動尊」ー「石浜神社」ー「吉原神社」ー「鷲
神社」と巡り昼食となる。途中、平賀源内の墓所あり。
 ご当地に在住する大鐘先生のご案内で、有志は近くのウナギ屋へ。
 ここで仕入れた故事話として―――――
《今のように土用にウナギを食べる習慣が一般化したきっかけは、平賀源内が、近所のウナギ屋から、「夏場にウナギが売れないので何とかできないか」と相談を受けたので、「本日、土用丑の日」と書いた張り紙を張り出したところ、大繁盛したのが始まりという》
 食後、「矢先神社」−「浅草寺」と巡り、詣で終わる。
 その後に入った銭湯が、まさに特筆もの!
 「蛇骨湯」と称し、江戸時代から延々と当所で営んできたとのこと。野天風呂を含め、すべての浴槽が正真正銘の温泉湯。長屋の熊つぁんや、志士、それに風雅人や芸人が沈んだであろう湯に浸る。身を沈めて、思いを巡らす心地たるや、極上もの!
 菊地登山クラブ会長もすこぶるお気に入りのご様子で、再訪願望を吹聴していた。
 風呂上りは、お決まりの「酒どころ」に6名が沈没。7ヶ所参拝したのだから「7倍ご利益」を期待して、乾杯!!
(八王子支部 向坂元志)







万緑の どまんなかに 蝶一点
(平成23年6月26日、新ハイの行事で日原奥の中段歩道の遡行)






放射線 うけてとどめむ チングルマ
(平成23年8月6日、東行会行事で乗鞍岳)







行く夏や 名残の雨か 露天風呂
         (平成23年10月号掲載)    

台風12号が本州を縦断中に、武蔵五日市駅の改札口に参集したのは6名。

下車した時には、ほかにも山姿の者を見かけたが、バス停においては我々だけ。はたから見たら、さぞや山キチに見えただろう。ところがギッチョン、心はほかにあり。

 9月3日(土)、五日市奥の「浅間嶺」を辿らんと改札を出たら雨、雨。

 即予定を変更し、バスで15分ほどにある「瀬音の湯」に向かう。もち、入湯と酒盛りがお目当て。

 雨の中タオルを頭に、はるか眼下の激流の音を聞きながら湯にしたる・・が、私の心は完全にくつろいでいない。鬱がある。それは、これから福島原発事故の放射線が、長年月にわたり日本人に甚大な被害を与えるだろうとの思いがあるからだ。

 風呂上りは、離れの休み処でくつろいだ。ここでも我々が一番騒がしい。ほかのお客さん勘弁ね!

 四国を縦断中の台風の雨が、緑の庭を向こうにして、廂から激しく落ちる風情を眺めながら、酔い食い、だべった。

 思えば、参加してから今まで多くの仲間との触れ合いがあり、現在の仲間がいる。思い出は多く深く懐かしい。

 席上、「過去から今までの山行記事を収録して冊子にすることはそれなりの価値がある」との話が出た。検討すべき貴重な意見だと私は思う。

 ちなみに、参加者は、菊地、阿部、峰岸、西村、安川、そして私の6名でした。

 ご苦労様でした。いつまでも一緒にね。(八王子支部 向坂元志)








                                            もみじ葉や いのちの際の 血ぞ燃ゆる
                                        (他会参加 平成23年11月3日(甲斐大和ー米沢山ーお坊山ー笹子))










 

     白銀の 富士に映えるよ 山ガール

   (平成24年1月号掲載)

 12月10日(土)、まぶしくて輝くばかりの快晴のもと、高尾山口駅前に12名参集。 1週間前の3日は雨のため中止となり、本日に延期したため参加者数はかなり絞られてしまった。 本日のコースは、高尾山口駅〜高尾山〜城山〜小仏峠〜小仏峠バス停〜高尾駅。

 吐く息が白く凍えるような朝だが、深い紺碧の空が期待を膨らませてくれた。その期待とは、澄んだ空気を通して、富士山を初めとした山々、そして遠い街並みが鮮やかに眼中に飛び込んでくるであろうという思いだ。 
「稲荷山コース」を辿り始めると間もなく小さな祠のあるお稲荷さんに着く。ここで体ほぐしの体操をした。指導がてら音頭をとってくださる方はいつもながらの木村先生。なかなか堂に入ったご指揮ぶりで様になってます〜〜。

途中、東屋がある展望箇所から案の定、遠く筑波山やスカイツリーが指呼の間に。

山頂へ向かう急な階段を避け、城山へと向かう捲き道を選択。途中、城山頂上の休み処の「なめこ汁」(250円)が頭に浮かぶ。これがまた疲れ切って冷えた身体に効くんだな〜〜〜これが。

 道すがら、木々の間から、雪をかぶった富士の高嶺がくっきりと。行き交う山ガールともども映え競ってますな――!

 城山の頂上にて「なめこ汁」を各自とって昼食。天候に恵まれたせいかかなり混みあっていた

 城山から下り始めたあたりは山の北面で名残のはだら雪がそこかしこ。

 小仏峠バス停には同好の士が長蛇の列。こんなに利用客が多いということは、山間を縫うルートの零細バス会社にとって山登りのお客さんは神様みたいなもんだろう。昨今の登山ブームで、我々がその一翼を担っていると思うと、ちとうれしい。

 高尾駅前の蕎麦屋で忘年会。いつもながらの話題沸騰で盛り上がりました。

来年も盛り上がったまんま行きましょう。(八王子支部  向坂元志)









                                            いわひばり 春光雪壁 欣と舞う
                                          (単独行平成24年4月29日日光白根山頂上直下にて) 









                                             山の辺の 風薫る大和三山
                                           (平成24年5月10日山の辺の道を一人行く)  


y














炎天下 しかも熱湯 共同湯
(平成24年9月号掲載)


この夏の山行は、おおるりグループの超格安のパッケージ旅行を利用した。目的地は草津白根山。一泊二食付で夕食時飲み放題、バス代込で、6500円也という超特価。

 8月4日()、新宿住友ビル裏の駐車場から7時発のバスに男性7人、女性5人が乗り込む。朝早いのが玉に傷。草津温泉の「ホテルニュー紅葉」に着いたのがお昼ころ。

夕飯の18時までが空き時間なので自由時間はあまりない。そのため、残念ながら一

般のハイキングコースは選べなかった。不要な荷物を預けて、草津白根山のお釜(火口湖)くらいは見られるだろうと路線バスにて山の高みの「草津火山」バス停へ。

本来なら火口の縁まで直登コースを辿るはずなのだが、有毒火山ガスの影響で遠回りするコースに変更になったため、神秘的なエメラルドグリーンの火口湖を臨む展望個所が遠くなってしまった。やむをえまい。

まだ時間的に余裕があるため下ったあと、弓池に接した湿地帯に敷かれた木道を辿って一回りした。湿地帯は小規模ながら尾瀬や戦場ヶ原をしのばせる植生で、庄司さんご指摘の「ワタスゲの花」が印象的だった。

夕食は、バイキング形式で飲み放題の生ビールと酒類付き。その後は2時間のカラオケタイムに移行。どんちゃん騒ぎで、仲間の中にはジェスチャーを交えて歌いまくる姫もおった。アルコールも加勢して。

翌日、朝食前に、ホテル裏から河原に下り500円の「西(さい)の河原大露天風呂」に入る。7時開店でプール並みの巨大露天風呂だった。湯船を共にできるとともに、遊郭話も伺うことができて十分に心身とも温もった。

朝食後、草津の町中に繰り出し、有名な観光スポットの「湯畑」を見学し、饅頭屋で土産を購入後一旦ホテルに戻る。ホテル発バス12時過ぎにはまだ時間があるので、再度有志で「西の河原」散策に出向く。

中心街に向かう河原を下ると「片岡鶴太郎美術館」があった。そこで一休みしたあと、近くにある無料の共同浴場「凪(なぎ)の湯」に沈没。

そこは目立たない路地の奥にちょこんとあった。左右に男女の入口がおかれたこじんまりとした造り。狭い階段をちょこっと降りると、小さな脱衣場と小さな湯船。

最初に入ろうとした熊井先生の悲鳴! あっち――っ! の叫び。 飛び出る。

まさに60度近くの熱湯なり(風呂では熱湯)。水をじゃんじゃん入れながら、ジャブンと浸かって飛び出、  々  を繰り返しながら、熱い上層部分を外に追い出す。そのうちやっとこさ、ぬるくなったので男5人ぎゅーぎゅーで浸かる。

となりの女湯では、今回初参加の関根先生とその仲間の二人が苦戦苦闘後に我々同様入湯できたようだ。「いい湯ですーっ」の声あり。 

歴史ある手作り的共同浴場の不自由の良さと、レトロ感を味わうことができて、よかったー!  (八王子支部 向坂元志)










                                        益荒男の 操尽くすや 野辺の柿
                                                            (平成24年12月号掲載)

今月は、いつもの“山登り”ではなく、「百草園・歴史散策」というウォ―キングコース。ルートは、百草園駅から―石田寺(せきでんじ)―百草園―高幡不動―国立温泉。

 11月3日(土)の9時に駅参集。男女混成15名でまず土方歳三の墓所である石田寺へと向かう。生家近くの寺までの道筋に、柿木あり。今を盛りにその色郷愁を誘う。

一介の土着農民の子として生を受け、志を抱いて旅立った歳三の墓もこの寺にある。

夢果たせずとも変節せず、最後まで忠節を全うした美しさ。     
多分、彼は活動の途中で新しい時代の流れや、抱いてきた大義名分への疑問を感じたであろう?・・が、行動は最後まで曲げなかった。その心中たるや如何に!

石田寺を後にして百草園へ。旧街道の道すがらにも柿たわわ。ここにも美しさ。

次に、去年11月に開店した「国立温泉 湯楽(ゆら)の里」へ。

高幡不動駅からモノレールに乗り、次の駅から徒歩10分強で着。

野天風呂からの眺めは、浅川の河川敷に面しているため、空いっぱいの爽快さ。これからは、何度かお世話になるだろう。

帰りは往路を戻る。

石田大橋からの眺めは、とびっきりの360度。灯りを点しはじめた家々を足下に、はるか大山〜高尾山〜三頭山・ 大岳山の山並みが連なる。片や夕焼け雲も展開し、酔っ払った心さまよう。
さようなら。又会いましょう。 (八王子支部 向坂元志)




 新年会 茶屋に響くよ 皆勤賞!

(平成25年2月号掲載) 

 112日(土)10時、京王高尾山口駅に善男善女20名が参集で、初参加は北支部の井ノ瀬先生。(20名中行政書士は16名で4名は家族や知人)

 毎年1月行事は、高尾山頂上にある「やまびこ茶屋」で新年会(13千円)と決まっている。

 本日の登行ルートは、「琵琶滝」経由の沢沿いコース。

 ちょうどいいタイミングで、不動堂わきの琵琶滝にこれから打たれんとする白装束の男性が一人。音声高らかに、呪文を唱えながら水をかぶり身を清めていた。その奥には一部氷化した滝。これから滝下に移り身を打たれるのだろうが、時間を取られるので退散した。

 12時過ぎに「やまびこ茶屋」に着。店主お出迎えのもと、確保済みの予約席に着席し、新年会行事がはじまり、はじまり〜〜〜。

 今年も無事にこなした安堵とともに行事進行し、菊地登山クラブ代表による手ずからの表彰状授与の場となる。

菊地先生は、身体もでかいが声もでかい。受賞者を前にして読み上げる「皆勤賞!」の声は、茶屋一杯に響き渡った。ほかのお客さん無視・不在の感で勘弁ね!

吾妻山   せせらぎ公園源流の 随所に沸く湯 神ながら皆勤賞 (12か月)は、菊地徳治、西村功、峰岸雄幸の諸氏。

精勤賞 (1011か月)は、木村茂、庄司恵美、安川孝子の諸氏。

感謝状 (障害保険手続)は、向坂元志だった。

帰りはお決まりの寺社巡りルートを下った。

その後、有志8人で京王高尾山口から無料送迎バスで「高尾の湯:ふろっぴー」へ。湯後に大広間でくつろぐも、峰岸先生のカラオケ3発で目が覚めた。

「ありがとーー!  覚めたまんま、今年は行けるぞーー〜〜!」(八王子支部 向坂元志)

 

                                             



春ぞ今 守門の雪の 裾にあり
(単独行平成25年4月28日越後守門岳登攀中)






世を禊ぎ あくた流すか 湯滝川
(平成25年9月号掲載)(8月初旬 奥日光逍遥))

昨年同様、「おおるりグループ」の企画を利用して、奥日光湯元温泉に出かけた。何しろ安さには驚きで、交通費、宿代、酒代込みで6500円という超破格値。ただし、この湯元コースは午後到着なので、夕食までの時間不足が玉に傷。

 今回の参加者は10名(男6名、女4名)と少なかったが、それは体調を崩している方が何人か出たせいだ。

8月3日(土)、新宿発8時のバスにて一路奥日光へ。午後2時頃、おおるり山荘(4階建て370名収容)着。

早速、湯ノ湖を巡る散策コースに全員繰り出したが、さすが涼しさは、標高1475m(湖面)が効いている。

 途中、立ち寄った名所「湯滝」の流れは圧巻で、「世を浄めてやるぞー!」と叫んでいるが如く。

この圧巻の滝壺までは、かなり長い急坂を下り必要があるので、一部仲間は来なかった。

17時からは宴会コースにて2時間の夕餉の宴。19時からはカラオケルームに移動して、21時までの2時間、思いのたけを歌い尽くした感あり。

翌4日(日)は、余裕時間を利用して、体調不良の2名を除き、全員昨日の湯滝見物場所まで出かけ記念撮影。

帰りのバスは、この湯元コースに限り出発時間が早く、10時過ぎに宿を出る。

途中、中禅寺湖南岸の「半月山展望台」に寄ってくれるサービス企画に遇うも、ガスが多くて60点くらいの展望だった。

16時頃、無事新宿の出発地に戻り、帰路は三々五々。ご苦労様でした。(八王子支部 向坂元志)






防人の 辿る峠か 秋の風
(平成25年12月号掲載)11月2日「多摩よこやまの道」 



                  

                                       

雪しんしん 梅二三輪 紅灯す
(平成26年3月号掲載)

毎年2月はお決まりの七福神めぐりで、本年は由緒ある墨田区の「隅田川七福神」。

28日(土)は三、四十年ぶりの大雪にあたった為、東上線の堀切駅に参集したのは男3人、女1人の計4人。いい意味での物好き4人に格別の「ご利益をーー〜〜!

ここからスカイツリ―駅までに点在する7寺社巡りに木母寺を加え、北風吹雪に背中を押されて南下した。南風だったら中止になっただろう。

吹雪く向島百花園の園内巡りにおける茶屋での甘酒が、「花より団子」だった。

最後は浅草駅の地下道にある居酒屋で、「ほんとにほんとに、ごくろーー〜〜さん!」     (八王子支部 向坂元志)

 (

      

筆島や 浜昼顔と 寄する波
(平成26年6月号掲載)

  53日(土)23時、 大島三原山に登らんと、竹島桟橋から伊豆大島に向かって出航。

500に岡田港に着き、宿の車で元町港近くの「御神火温泉」に行き、しばしの時間つぶし。

 登山口からは溶岩原野を辿り、火口壁の縁辺に辿りつく。雄大な火口壁を眺めながら周遊し、荒涼とした溶岩原野を下った。

かっては流人の島であり、幾たびか繰り返された噴火の中で、島民は漁業と織物、椿、観光産業にすがって生きてきたが、今は昔。

  翌4日(日)は、大島南端にある、郷愁の「波浮港」を中心にしたウオーキングに終始した。

 波浮の港を経由した先の終点でバスを下車し、海岸沿いを北上した。

 波打ち寄せる路傍には、かってここを訪れた文人たち(与謝野鉄幹・晶子、林芙美子、北原白秋、幸田露伴等々)の歌碑が転々と。 目を上げれば、筆の穂先を思わせる「筆島」が海面から突っ立っていた。
 一番の幹線道路なのに、車も通らず家も無く、春を謳っていたのは自然だけ。

 廃屋多い「椿ロードコース」を辿り、波浮港の「旧港屋旅館」に寄って、往時を偲んだ。                         (八王子支部 向坂元志)








                                                             渓谷の 深き緑に 轟くや
                                                     (平成26年8月号掲載)7月12日西沢渓谷遡行   







神さぶる 山滴るや けぶり立つ
  (平成26年9月号掲載)8月3日那須岳をゆく    

 26年8月2日()〜3日(日)にかけて「那須連峰の盟主:茶臼岳」に登らんと東京駅に朝6時に参集。 茶臼岳を越えた向こうには本日泊まりの秘湯「三斗小屋温泉」がニコニコして待っている。 
何年か前に来ているので懐かしの再挑戦コースとなる。

 バスにて那須塩原駅から那須岳ロープウエイ口―那須山頂駅―茶臼岳から「三斗小屋温泉」までのルート。煙草屋旅館は超名湯の野天風呂付き。
 翌日は、安全を考慮して沼原経由コースに変更。
登るほどに迫りくる噴煙わき立つ茶臼岳は、神域にまします神山さながらの風情。

牛ヶ首からロープウエイ山頂駅までのお中道を廻り、那須山頂駅で昼食をとる。

無事下山後に、これも名湯の「大丸温泉」に入り、流れる川全体が湯の露天風呂を堪能した。   (八王子支部 向坂元志)



                                        
 

高尾辺の 山暮るる宙に 舞ふ小雪

(平成27年1月号掲載)12月6日草戸山マイナーコース

下山途中、ちらちらと舞降る小雪にちょこっとではあるが出会え、冬到来の感を満喫。今回は、高尾駅南方に位置する草戸山のマイナーな登山コースを辿って初冬の里山を堪能しようという計画だ。
12月6日、高尾駅南口からバスにて「館が丘団地バス停」にて下車。めったに人と出会わないコースを辿り草戸山山頂にて昼食となる。途中、「雨乞いの碑」があり、往時の里人たちの息吹が感じられた。ちなみに、下界には「雨降」という地名あり。忘年会をする都合上、コースを変更して大戸バス停から法政大学―西八王子へ。西八王子駅北口にある「日高屋」にて餃子を囲み「かんぱーい」。 来年もよろしくね!
 (八王子支部向坂元志)

富岡や 明治の息吹 梅ひらく
(平成27年4月号掲載)3月7日富岡製糸場と梅林

37日(土)、今を時めく富岡製糸場と、梅林巡りという旅行会社企画のバスツアーに参加した。池袋では雨だったが埼玉以北は曇天で少しだけホッ。最初に富岡製糸場見学となり、ガイドの案内で場内を巡った。この富岡製糸場は、国難に遭遇した日本を興すための一施策として、大いに活躍したとのこと。先人の方々ご苦労様でした。次なる観光スポットの秋間梅林、そして箕郷(みさと)梅林と巡るも、紅梅は7分咲きくらいだが白梅はまだ2〜3分咲きの上、肌寒し。お疲れ様でした。    (八王子支部 向坂元志)

                                



溶岩野 在りし学び舎 草青む
(平成27年6月号掲載)5月2日〜4日 三宅島

52日(土)夜9時過ぎ、平均すると20年に1回噴火する三宅島へ向かわんと、竹島桟橋に男8名女4名が参集。2230分出航。甲板のテーブルに呑み助参集し、カンパーイ! 東京湾岸の灯りと潮風に酒―――こりゃーたまらんわい。3日は宿からタクシーにて「七島展望台」へ。はるか洋上に島影が3〜4。立ち入り禁止区域を避けた環状道路をたどり、「坪田林道」を下って「池田湖」を周遊し、「アカッコッコ館」(島の自然紹介)にてこの島の自然に触れる。4日は、阿古地区にある「火山体験遊歩道」(32年前に噴火して街を飲み込んだ溶岩原野)の遊歩道をたどる。小と中学両校の鉄筋3階建て校舎の屋上だけを残して溶岩が埋め尽くした凄まじさを体感した。帰路の船上の2テーブルは、何人かの呑み助が竹島桟橋に帰港するまでの7時間占拠しておった。私も交え。 (八王子支部 向坂元志)


 はしりみず 社で酒と きゅうり漬け
(平成27年7月号掲載)7月11日 三宅島

   74日(土)は雨予報のため、11日(土)に順延し三浦半島の馬掘海岸駅から観音崎公園までの遊歩に出かけた。当日は久々の晴天に恵まれたが、暑さきびしく緑道ならぬ車道歩きにはうんざりだった。途中、ヤマトタケルとオトタチバナヒメの故事にあやかった走水神社で昼食にしたが、ここでの飲酒には仲間持参のきゅうり漬けがぴったんこだった。途中、歴史ある観音崎灯台に登り房総までの海原を眺め、浦賀駅から横須賀中央駅で下車、三笠公園で戦艦三笠を見学したあと、酒場で酔ったのがいつもの3人.   (八王子支部 向坂元志)
                         



蓼科の 山起ち居ます 夏の空
(平成27年9月号掲載)8月8日〜9日

88日(土)、八ヶ岳連峰の北方に位置する北横岳(2480m)から双子池ヒュッテまでの行程をたどり、翌日はヒュッテから竜神橋バス停までの樹林帯の下りコース。天気にも恵まれ予定通りこなすことができて安堵した。中央線茅野駅からバスにてピラタスロープウェイに至り、これを利用し高度をかせいだ。
坪庭を経由して北横岳ヒュッテそばで昼食を摂り北横岳に向かう。頂上からは眼前に独立峰・蓼科山がデンと。頂きから亀甲池までの下りはきつかったが何とか山小屋について一安心。夜、宿の主人に誘われて外に出て仰いだ満天の星と銀河が一等賞!
翌日9日は、池面から蒸気霧ただよう神秘的な双子池畔を辿り、オゾンいっぱいの樹林帯を抜け、竜神橋までの長い道のりをこなした。ここからバスにて茅野駅へ。近くのラーメン屋にて打ち上げの生ビール・・カンパ―――イ。    (八王子支部 向坂元志9
                                                              


                                                                                                                      

                                          
                                          行き行きて
残りたる柿 四五六個
                                                          (平成27年12月号掲載)11月11日 黒川谷戸の布田道を行く

27117日(土)、小田急の「はるひの駅」に男女20名が参集。遊歩道の「多摩よこやま道」に入り、「防人見返りの峠」を経由してから東進して黒川谷戸地域に入る。途中、盛りが過ぎて落ち残った柿の実があり身につまされる。真光寺公園にて昼食時に数人が酒で盛り上がる(先行き長いのに大丈夫?)。黒川谷戸を経、近藤勇たちが剣道指南等で通った小野路の布田道を辿り、小田野神社までの道程。帰路はバスにて多摩センター組みと鶴川組に分かれた。ご苦労様でした。歩いて健康維持ですよ――。 (八王子支部 向坂元志)



                                                            ゆるぎなし 群青の天 深紅の葉
                                                         (平成28年1月号掲載)12月5日(土) 「みたけ山荘での忘年会」
27125日(土)、奥多摩線沢井駅に11名参集(男8、女3)。快晴日和の中、多摩川上流の渓谷沿いに名残りの紅葉を愛でながら隣の御嶽駅まで歩いたあと、御岳山頂上近くの「みたけ山荘」で忘年会をした。名残りかな?と思っていた紅葉だが、澤乃井園あたりは、赤のあでやかさに勢いがあり、空の青と相まって原色の大競演。園内には「白秋碑」があり、まだ聞いてない北原白秋詩、信時潔曲の『海道東征』を思い出す。御嶽駅からバスにて→御岳山麓→ロープウェイ→15分歩いて「みたけ山荘」。伝統ある当登山クラブは、昭和52年9月に誕生してから間をおかずに継続してきたので、当日は39回目の忘年会となった。諸先輩の努力の賜物で、「想へばはるけくも来つるものかな」NO1、だな―。帰りはロープウェイ組と、徒歩下山組に分かれた。ご苦労様でした。みなさま〜〜よいお年を〜〜。(八王子支部 向坂元志)                   

                                     



                                                              新しき  年を迎へり  富士泰然
                                                          赤岳山頂にて(平成28年1月2日単独行)





和装女の 立ち居に添ふや 梅の花

(平成28年4月号掲載)3月12日(土) 「高尾梅林めぐり」

312日(土)、高尾山口駅前に「高尾梅林めぐり」のため、18名(男108)参集
リフト、ケーブルカーを利用して上で合流し、4号路を辿って日影バス停に下る。そこから本日最大の「木下沢(こげさわ)梅林」に入り園内を巡る。途中、時代物柄を着た和装女性が一人いたが、周りの梅の花と響きあって美しかった―懐かしい昔の映像を今見るが如く。その後、木下沢沿いに点在する梅林をたどり甲州街道へ出てから10名ほどの有志で高尾山温泉に沈んだ。酒にも沈んだ。 ( 八王子支部 向坂元志)


                               ランドマーク 望める墓地よ 花曇り
                                                          (平成28年5月号掲載)4月2日 ひばりの育った土地めぐり

4月2日(土)1000に京浜急行上大岡駅改札に10名集合した。終日曇天の中、52歳で逝った美空ひばりゆかりの地を散策した。最初に、桜咲く日野公園墓地の高みでお墓に対面した―“悲しき口笛”を歌い舞う少女よ・・。横浜は丘陵地帯(今や住宅街))が多い地域です。次の高みの久良岐公園で昼食とし、その次の高みの三殿台遺跡へ。そこには多くの住居痕あり。当時、この丘周辺には生活音が満ちていただろう―聞こえるっ!聞こえるっ!。本日の終盤には、ひばりの生家と父がやっていた魚屋に寄り、今も店を継いでいる従兄弟とのご対面を経て磯子駅までの長い道のり全てが「ひばり尽くし」だった。駅そばのサイゼリアで乾杯!    (八王子支部 向坂元志)


                                          

ずんずんと 渓谷みどり 身に入るや
(平成28年8月号掲載)7月2日(土) 入川渓谷

 7月2日()、涼しい渓流沿いの道を求めて、奥秩父にある荒川源流の入川渓谷に行った。ところは、秩父鉄道「三峰口駅」からバスで40分ほど遡った山又山の峡谷。

 当日は、集合時間が早いため仲間が2人辿り着けず、やむを得ず途中で別行動をとるとの連絡有り。

 渓谷沿いの道は、かって木材運搬をしていたトロッコ道なので勾配は緩やか。急峻足下には岩をはむ渓流。まさに深山幽谷、大木林立。緑が空を、あたりを覆い尽くし、緑のエキスの中を泳ぐが如し。辿るは、男の汗と涙で閉じ込められ壊れたレールが残るこのトロッコ道。「荒川源流基点碑」の石標まで歩み食事をとる。復路は往路を辿り川又バス停まで。大滝温泉から西武秩父駅行きバスに運よく乗れて旅を終えた。ごくろうさーーん!    (八王子支部 向坂元志)

                        

                           



                                        家の前の 人家みどり木 グレーなり

                                                      平成28年7月13日(水)  妹、弟の病報告を受け









                                                       星涼し 薄暮を追ひて また一つ
                                                            (平成28年9月号掲載)平成28年8月6日(土)  

8月5日(金)の24:00に新宿南口の「バスタ新宿」に参加者集合。翌日0時35分発の福島行き深夜バスを利用して目指すは日本百名山の一、「安達太良山」だ。

郡山駅で降り、鈍行で二本松駅へ。そこからバスにて岳温泉経由ロープウエイ山麓駅へ。天気にも恵まれ、山頂駅から登攀開始。安達太良山頂で昼食。山頂から牛の背を辿り、異景異形の爆裂火口「沼の平」を眺めてから、温泉つき山小屋「くろがね小屋」に泊まる。夕食後、山小屋の外に出た。暮れ行く空に星が出始める。暮れるに従い出てくる星を数えながら陶然と酒を飲む。翌日は山麓駅まで下り、途中「岳温泉」で下車し、公衆温泉浴場に沈んだ後、行きと同様、郡山駅から高速バスにて東京へ帰還。火山特有の歩きにくい道に苦労したが、無事にこなす事ができてよかった。(八王子支部 向坂元志)





.

                                          コスモスを 敷き連山 そろい踏み
                                                          (平成28年11月号掲載)平成28年10月15日(土)

1015日(土)、京王線に添って東西に連なる七生西丘陵を辿った。コースは、高幡不動駅から二つ先の平山城址公園駅まで。駅名にもなった平山季重(すえしげ)は、熊谷次郎直実とともに源氏の勇将として語り継がれている武将で、この地に生を受け居を構えていた。コースは、高幡不動尊を抜けて丘陵にたどり着いてから西に山道を辿った。稜線には多摩動物公園の境界柵が続き、それに沿った道となっている。途中展望が利く開けた墓地で昼食をとり、稜線上にある「季重神社」に詣でてから山を下り、駅まで一直線。途中、コスモスの向こうに、富士を南に配して、高尾山・奥多摩・秩父等の山々が北に連なる。そこから、平山季重の墓所ある宗印寺を経て終いとなった。 かってこのあたりで聞こえたであろう「 武具の音、馬のいななき、出陣のどよめき」は、当然、今は昔です。(八王子支部 向坂元志)





初詣 入り江かがやく 由比ガ浜
(平成29年2月号掲載)平成29年1月7日(土)

 1月7日(土)天気晴朗、北鎌倉駅に8名参集。日差しが強く真っ青な空のもと、北鎌倉駅から鎌倉駅までの間にある浄智寺・鶴岡八幡宮・宝戒寺・妙隆寺・本覚寺の5寺社を巡り、長谷駅近くの長谷寺と御霊神社に参拝した。さすが鶴岡八幡宮の人出はすごく、交通整理が半端じゃなかった。駅近くのファミレスで忘年会をし、年間9回以上参加者4名それぞれに、記念品(はがき15枚)を贈呈。長谷駅近くの長谷寺は高みにあり、足下に、いくたびの戦火にさらされた街が日差しに照り映え今は何事もなくひろがる。さて、内外ともども不穏が煮詰まってきた今年の日本は如何に?  (八王子支部 向坂元志)




                                                           古戦場 去年今年と 梅の花
                                       (平成29年3月号掲載)平成29年2月4日(土

 2月は、本厚木の北方・三増の里の古戦場あとを経て、高みを巡る里山歩きでした。4日(土)、天気快晴、男7・女3にてバスの中。終点の二つ手前の三増(みませ)で下車。資料に寄れば、武田軍2万と北条軍2万が戦火を交え、双方死者3900人を出した古戦場の中を西に行く。この辺りは開発が進まないため当時の面影が偲ばれる風情。途中、大規模養鶏場の脇を通り、首塚・胴塚を経て富士居山に取り付き向山方面に向かう。昼食後、低山にしては急峻なため予定を変更して三増バス停にもどることにした。信玄が本陣を敷き軍旗を立てたといわれる旗立松があった小山に登ると、眼下に三増原が拡がる。山を下り、今でも古銭が出ると言われる畑中を行くと五分咲き梅木が点在した。本厚木駅近くでギョウザを友にカンパーイ。  (八王子支部 向坂元志)


          

                                                         戦争が 廊下にいます さくら散る
                                                     (29年5月号掲載)平成29年4月15日(土)

415日(土)、本厚木駅北方に鎮座する鳶(とび)尾山をめぐる里山尾根歩きを決行。天気晴朗、全10名の参加を得、バスにて登山口に向かう。一部報道によると、本日は北朝鮮の金日成首相の誕生日であり、それにかこつけて何か軍事行動を起こす恐れ有りとされており、その動きによっては<米軍からの攻撃、それを受けた北朝鮮がその報復として、日本の厚木基地等への核ミサイル攻撃> ――との流れが起こらないとも限らないとされている。そんなわけで、本日は不安感抱いての山歩きであった。途中の展望台から東方はるか、相模川を隔てて厚木基地を含む東神奈川一帯が望めた。なにはともあれ穏やかな春日和の中、ゴルフ場沿い道路に舞い降る桜吹雪には大満足であった。本厚木駅近くの「王将」にて、有志6名でカンパーイ。本日は無事でした〜〜〜〜。(八王子支部 向坂元志)




                                                          春雨や 酔へばおもかげ やってくる
                                          
平成29年4月某日自宅にて



                             あるんだよ みどり葉れる 風の道
                                                            (平成29年8月号掲載)平成29年7月8日(土)

何年か前に歩いたコースの再挑戦。78日(土) 945分、青梅線の古里駅前から、「大多摩ウォーキングトレイル」と呼ばれる遊歩道の渓谷に涼を求め、白丸ダムまで歩き

ました。途中、高みの展望台からの眺めや、鳩ノ巣渓谷の奔流わきでの昼食などが印象的。見えない風と戯れる青葉や清流の流れに身を清め、白丸ダムを遡行する魚を鑑賞してから、

かんかん照りの中を鳩ノ巣駅まで戻り茶店で缶ビール。最後に、これだけじゃーすまないと、河辺駅下車で「河辺温泉」にドッブーンが5〜6人。  (八王子支部 向坂元志)


                                       源泉の 噴気や太古の 炎ゆる
                                            (29年9月号掲載)平成29年8月5日(土)

 何年か前に来た奥日光湯元だが、別コースでの再挑戦。初日が刈込湖、翌日が日光白根山で23日の日程。84日(金)、おおるり観光の池袋発バスにて一路奥日光湯元着2時前。即、行動に移し刈込湖までのピストンラン。途中、噴火口跡とおぼしきところに源泉の湯けむり地帯あり。有史以前における造山活動時の有様が偲ばれ天を仰いだ。翌5は、バスを利用し、ロープウェイにて標高2000メートルの山頂駅から日光白根山山頂2578)へ。2名は登らずに下山し、草スキーに興じた。活火山特有の溶岩礫の山頂にて短時間の昼食。帰りの最終バスが早いためゆっくりできずに往路を下山するも、バス時刻が気が気でなかったが間に合ってホッとした。6日は10時頃発のバスにて無事、池袋帰着。(八王子支部 向坂元志)





        
                                                          霧の海 連なる波頭 会越嶺
                                                  会津朝日岳登攀中(奥会津一人山旅:会津朝日岳、志津倉山、御神楽岳平成29年9月)






                                                         秋の雨 削がれむそぞろ 旅ごころ
                                                         (29年11月号掲載)平成29年10月14日(土)

 10月は、予定日が雨で一週間延期となり、14日(土)に実施。延期の場合には雨でも挙行。朝は長雨の降る中を駅に向かったが、気が優れないのは当然。小手指駅に参集したのは4名だけ。この天気じゃーしょーあんめー。ここからバスで狭山丘陵地帯に向かい「荻原バス停」にて下車。ここから「さいたまの緑の森博物館」を経て「野山北・六道山公園」を周遊した。雨が止んだ中、六道山公園展望台下で昼食をとり、予定を切り上げて帰ることにし、「里山民家」を経てバスにて立川駅へ。駅近くの「日高屋」で、全員でご苦労様会。かんぱーーーい!  (八王子支部 向坂元志)





                                      峨々たるや 奥久慈男体 錦なす                                                                                                                奥久慈男体山登攀中(奥久慈一人山旅:八溝山、奥久慈男体山平成29年11月)



関八州 すべて一望 冬来る
(30年1月号掲載)平成29年12月2日(土)


12
2日(土)9時半に八高線の明覚駅に参集したのは11名。埼玉県ときがわ町の西方に位置する「弓立山」(427m)は山容も平凡で周囲からは目立たない山だが、山頂からは関東平野全域を見渡せる絶景ポイント!源頼朝が四方固めの矢を放ったのが山名の由来とされる。駅から、心癒す田園風景の中を1時間ほど歩き、八幡神社裏から尾根沿いに登る。山頂手前にある「男鹿岩」の上に数人登り展望を楽しむ。山頂からの眺めは群馬の山並みから神奈川県まで見渡せる滅多にない絶景ポイントで昼食。下りは途中まで往路を戻り日帰り温泉「四季彩館」に沈んだ。5名ほどで今年の締め酒宴。暗くなった道をバスにて越生駅へ。電車待ちで駅近くの味噌ラーメンがうまかった。  (八王子支部 向坂元志)







積む雪や 小仏城山 浄めたり
(30年3月号掲載)平成30年2月3日(土)

 平成30年23日(土)、高尾山の北に連なる「小仏城山(670m)」の雪道を登らんと、高尾駅北口甲州街道にあるバス停から相模湖駅行きバス停に参集したのが男4名、女5名。一番楽に登るため、高みにある「大垂水峠」で下車。登山道は最近の雪で、30cmほどの積雪有り。スパッツなどの足ごしらえが不十分な者もいて、ちと心配したが13時過ぎに無事頂上へ到着。ベンチの雪を払ってから酒混じりの昼食。下山は、予定コースを変更して、小仏峠経由で小仏バス停コースを辿る。明治時代の頃か、この峠には可愛い15分の小仏があったそうな。高尾駅南口のそば屋で締めと浄めの乾杯は毎度のこと。 (八王子支部 向坂元志)


紅梅の 紅に浮かぶよ 堂の影
(30年4月号掲載)平成30年3月3日(土)朝比奈切通し〜鎌倉駅
33日(土)、今回は鎌倉の朝比奈切通をたどり、十二所(じゅうにそう)梅園に寄り、寺巡りしながら鎌倉駅までの道程です。930分発神奈川八景行きバスに乗車し朝比奈バス停で下車。5分ほどで切り通しに入る。この道は当時、防衛上必要な施設であり、かつ交易物資が行き交う古道で、側面の岩にはノミ様痕が生々しい。山上の梅園にて昼食を摂った後、山道をたどり下りきったところで光触寺に出会う。庭には、それは見事な紅梅。近づいて寺の堂屋をバックに接写した。その後、鎌倉八幡宮までの間、明王院・浄明寺・杉本寺・頼朝墓を巡り終え、有志で乾杯。(八王子支部 向坂元志)

 

累々と 牙むく波か 春疾風
(30年6月号掲載)平成30年5月6日(日)神津島の天上山

 53日(土)午後11時半、男7名、女3名、竹芝桟橋をあとに神津島へ向け出航。目指すは新日本百名山に登場した「天上山」(572m)。甲板にて酒宴を開くも春の嵐で風強く長居はできなかった。翌朝9時頃、天気良くとも風強いため予定の前浜港は避けられ東側の多幸浜港に着岸。タクシーにて白島登山口まで行き登攀開始。登るほど眼下に海原が茫々と広がり、白波多々崩れたる様、絶景なり。最高地点から天空の丘―表砂漠―新東京百景展望地−裏砂漠を経て黒島登山道を下り登山口を経、旅館「徳左」までの道のり。さすが新日本百名山に選ばれた山だけあって噴火口痕累々とした砂漠状起伏の異形風景は見事なもので、本土ではあまり見かけない。翌日はバスにて長浜海岸まで行き、ウォーキングで南下し神津島温泉にて昼食。帰りもまだ波高いため前浜港からバスにて多幸浜へ。15時半発ジェット船にて18時に竹芝桟橋着。みなさんお疲れ様、良い旅路でした。(八王子支部 向坂元志)



                                                    雲上の 群れ飛ぶトンボ 日本海
                                             鳥海山登攀中(東北一人山旅:鳥海山、岩手山、岩木山(平成30年7月)



雲の峰 心とどめよ 裏街道
(30年9月号掲載)平成30年8月11〜12日大菩薩峠〜丹波山村

 811日(土)、大菩薩嶺2057mの峰を含め、大菩薩峠にある「介山荘」に泊まり、奥多摩湖の西端に近い丹波山村に下った。このコースは、古甲州道(東京の府中〜甲府市の酒折)であり、街道の難所箇所です。武田、北条軍も利用し、物資交易の要路でした。高尾駅→塩山駅からタクシーにて福ちゃん荘まで入り、大菩薩嶺から峠の山小屋までのコース。次第に雲が湧き出し、山を覆い始めるも眺めでは下界は晴れ。午後3時前に介山荘に着いた。小奇麗な山小屋で、何より食事が抜群だった。 812日(日)、古街道を辿る思いを胸に丹波山村の「のめこい湯」に向かう。道中は樹林帯ので、晴れていても展望は期待できない道で、炭焼き小屋跡もいくつか。鹿の姿も。午後3時頃、丹波山村の日帰り温泉「のめこい湯」には入り館内で生ビール。最後は、道の駅そばのバス停から奥多摩湖岸をたどり奥多摩駅までの道のり。ここで又缶ビール入手、ごくろうさんでしたーー〜〜。(八王子支部 向坂元志)


蝦夷地をや 拓き来し方 原野紅葉
標津町のポー川史跡自然公園にて(北海道一人山旅:羊蹄山、大雪山、暑寒別岳、利尻山、雌阿寒岳、斜里岳、羅臼岳、樽前山、恐山(青森県)、栗駒山(岩手県)(平成30年9月9日〜10月18日


東京湾 雲ぞ鬱々 冬こもる
(31年1月号掲載)平成30年12月8日三浦半島の鷹取山

128日(土)曇りのち晴、三浦半島の鷹取山(139m)へ向かわんと京急田浦駅に参集したのは、10名(男5名、女5名)。ルートは鷹取山―奥の院―神武寺―京急神武寺。鷹取山は標高低けれど横浜方面から横須賀方面まで望め、遠く房総半島まで見渡せる好立地。登山道両側には住宅街が迫る。かっては鷹場で有名だったとのこと。ここに限らず日本中では、住宅地造成で川を含め数多くの動植物が失われた。山頂近くには巨大な岩山がいくつか峻立し、往時は砕石場として活躍していたが、今では岩登り練習のゲレンデとなって利用されている。掘削あとは垂直な岩肌と化し、そこにはローズを垂らして数多くの人が登攀に遊び興じていた。頂上から少し下ったところにある磨崖佛を拝し、歩を先に進め岩場を抜け、神武寺から予定を変更して電車の便がいい京急神武寺駅に向かった。忘年会は6人参加で、日ノ出町で降り、野毛で行い、桜木町駅からご帰還。(八王子支部 向坂元志)


平成の 御世を限りに 新年会
(31年2月号掲載)平成31年1月12日高尾山

平成最後の新年会は、久しぶりに高尾山頂上そばの「やまびこ小屋」にて行なった。ここでの新年会は久しぶりで懐かしい。高尾山口駅に9時半集合。参加者9名(男6女3)。コースはいつもの沢沿いのコース。年配者が多いので、超ゆっくり歩いて登攀。12時に小屋に着き開催挨拶から酒宴始まる。国分寺支部の菊池名誉会長から、昨年行事によく参加されて会に尽くした峰岸先生ほか二名に対して表彰状と賞品が授与され、今年も出発進行―――!。この新年会を終えると同時に解散となり、三々五々お参りかたがた帰路に着いた。もう飲めないよ・・。(八王子支部 向坂元志)

春雷や 雲隠るらむ 富士の山
(元年6月号掲載)令和元年5月4日三つ峠山

今回は例年5月に行っていた伊豆諸島の山巡りも少し疲れたので、近場の山にしました。ターゲットは、富士山のビュースポット・眺望はピカイチと言われる三つ峠山。過去においてはこの会で、2007年5月に行ったことがあり懐かしの再チャレンジです。大月乗換え河口湖駅下車、バスにて登山口まで。三つ峠山荘にて昼食にするも、このまま泊まるには時間もてあまし。全員下山の意向で泊まらずに河口湖駅まで下りた。途中から雷鳴とどろき、雨も降り出すも中心から多少外れていた。翌日ニュースで、丹沢の鍋割山で雷に打たれ死者が出たとのこと。まさにこの雷だった。ロープウェイは雷のためストップ。延々歩きで下り終わっってすぐに、河口湖駅でした。(八王子支部 向坂元志)


武士の 通ひし道や 夏来る..
(元年7月号掲載)令和元年6月8日鎌倉古道

68日(土)、いわゆる「鎌倉街道」として有名な主要三街道のほかにも、鎌倉街道は何本かあります。そのうち二本の街道を辿りました。この街道の一画には910世紀の須恵器を生産していたそうで、まさに古道ですね。それに人と会わない古道。横浜線の橋本駅となりの相原駅に7人集合。駅前からバス乗車「相原十字路」で下車し一本目の鎌倉古道に入る。途中、地元の人数人が伐採作業をしていたが、そのうちの一人が「この道は往時の小田原攻めの際に通った道だ」と述べていたので、武田・秀吉軍通過は担保された。八王子、町田の市境を東にたどり、二本目の鎌倉街道を北上中に、軍靴の音が聞こえた―!(ワラジか裸足じゃー聞こえまいw)。最後は有志数人で八王子南口にある郷愁誘う風情ある飲み屋で、かんぱーーーーい(八王子支部 向坂元志)



吾妻山 北斎お出まし 梅雨空に
(元年8月号掲載)7月6日吾妻山公園〜せせらぎ公園

 7月6日(土)、東海道線の「二宮駅」に、たった4人参集。多分、雨天予報をおもんばかったのだろう。・・・が、当日は曇天が支配した“外歩き日和”だった。二宮駅北口から町役場前までほんの少し。

そこから吾妻山公園の頂上目指して長い階段を登る。頂上直下にある「吾妻神社」境内には、「二宮地区にある“梅沢”地名は、流れ着いた弟橘姫命の櫛を埋めた“埋沢”の転称」との能書きあり。頂上に着くと眼前には雲間に富士の全景。「この頂から葛飾北斎が描いたのが、かの有名な「富嶽三十六景」の一です」と、現場にいた地元の人からの教示あり。次に「せせらぎ公園」に向かう。南北に流れる川沿いを北上し到着し昼食。池の中の蓮の花の透き通るような艶やかさ。駅に戻る南下途中、横穴式古墳群等を経由して酒場に3人投宿?今回も酔っ払い電車客でした。(八王子支部 向坂元志)





夏の川 随所に沸く湯 神ながら
(元年9月号掲載)8月3〜4日:鬼怒川源流
8
3日(土)、過去、利用稀な「浅草駅」発800の東武線に乗車し、鬼怒川温泉駅に乗車。会津方面行き西八王子駅乗り換えて川治温泉駅下車。タクシーにて鬼怒川源流を辿りの手前、加仁湯温泉下車。そこから徒歩15分ほどで目的地の「日光澤温泉」着。早めに到着してから「オソロシノ滝」へ行く予定だったが、露天風呂に入ってから部屋に戻ったらお布団あり。横になったら歩く気は失せ爆睡・・・・おいおい!ww。翌日は調子がすぐれない菊地先生だけ宿の車で帰ることになり、我々は下り気味の峩々たる渓谷沿いコースを「女夫渕(めおとぶち)バス停」まで・・。この鬼怒川最奥の沢沿いには奇しくも温泉湧出が多々点在。昔は、洪水・氾濫で名を馳せた鬼怒川も源流は温泉点在天国。菊地先生とともに路線バスにて鬼怒川温泉駅へ。そこから新宿行き特急にて酒飲みながら無事帰還。(八王子支部 向坂元志)


炎天下 秋気は何処 社寺詣
元年11月号掲載八国山―荒幡の富士

 97日(土)、東村山駅に6人参集。ここから北方にある下山口駅までの地域は旧鎌倉街道の存する地域で、古社古寺も多く史跡にも富んでいるところ。途中、新田義貞と鎌倉幕府軍か衝突した古戦場を経由し、最後は荒幡の富士」119.1m(人が造作)を登り、下山口駅へ。勝利した義貞が白旗を立てたといわれる「将軍塚」、戦勝祈願した鳩峯八幡神社(兜をかけた松(孫の子松)あり)を経、下山口駅へ。古くからの多くの社寺仏閣や板碑それに鎌倉街道があるので江戸よりも早く拓けていた地域だなーーとの感あり。秋に入ったとはいえ道中暑かった々!。最後は国分寺駅で下車し有志三人でビールで乾杯。(八王子支部 向坂元志)

秋の山 実朝と見む 初島よ
元年12月号掲載「十国峠〜伊豆山神社」
 112日(土)、熱海駅に参集したのはたったの3名。理由は、先月の台風による道路崩壊でバスが目的地まで行かず、かつ山中ルート中の崩壊が予想されたため、昨日私は仲間に中止の連絡をしたためだ。熱海駅に降り立つと、連絡漏れの人が来ていたので出かけてきてよかった!ほっ。ところで本日のルートは、予定のバス停より手前の十石峠登山口からのコースで、そこから東に進み伊豆山神社までのハイキング。眼下には熱海の市街地と、初島を浮かべた相模湾を終始眺めながらのコースで途中、実朝が箱根越えしたとき眼下の初島を詠んだ有名な歌碑が刻まれた石碑あり。東進し、南下するコースで伊豆山神社まで難儀したが無事参拝。頼朝と政子の恋の舞台として有名。バス利用で無事熱海駅まで帰還。途中、小田原駅下車して乾杯。(八王子支部 向坂元志)





                                       武将等や 馬のいななき 紅葉する     
                                                          2年1月号掲載「石砕山」

山行記・・・127日(土)、藤野駅南方に存する石砕(ざれ)山(ギフチョウ(通称:春の女神)の生息地として有名―4月は登山者で賑わう)に登らんと駅前に集合したのは5人(男3女2)。当日の天気は東京では雨だったがこちらは展望のきく曇りだった。登山口までバス便が無いのでタクシーにて篠原登山口まで。この地域も含め、千年前から名馬の産地として名を馳せ、聖徳太子の黒駒や武田の騎馬隊として貢献したそうです。そういえば、あたり一帯に「牧」がつく地名が処々。その一角がゴルフ場に変貌。紅葉にも恵まれ寒かったが頂上で昼食。車道へ出るまで人には合わなかった。あとは「やまなみ温泉」まで40分。きつかった。・・・が、いい気分で酔った。(八王子支部 向坂元志)



                                                        初日の出 お山も富士も 大菩薩
                                                       大菩薩嶺:(一人山旅:大晦日〜2年元旦)